日替わり定食

体育の日

今日は体育の日

私も体を育ててはいるが、どこで間違えたか
体重は増える一方で筋肉は減るばかり・・・

テレビで
毎日4000歩 歩くと認知症予防に
5000歩 歩くと何とかに
結局8000歩 歩けば骨粗鬆症、高血圧、認知症予防になるらしい


   無理です! にんげんだけどおばちゃんだもの 
(´_`。)

以前 元気印の もと、体育の先生とMuuちゃんと東京へ行ったとき
17000歩近く歩いて
幽体離脱しそうになった
あれが最高歩いた歩数


そんな私も田舎の子
子供の頃は そりゃ~よく歩いていました。
中学生の時
となりの街まで出かけ、無計画な買い物と最後の本屋でバス賃と
欲しい本とを秤にかけて
結局30K余ある距離を歩いて帰ったことがあります。

途中 夜になり刈り取りが済んだ田んぼのとしゃくの裏側で
わらすぼ布団に寝、朝起きた時は霜が降りていた。

そんなことをその後もう一度やらかし

「おら、田上菊舎になるだ」と天を仰ぎ すぐに忘れた。

体育の日に思い出した 遠く輝く私の青春(あおはる)の思い出だ。

e0064375_18002439.jpg





http://umiko.net/0ページ
[PR]
by umiko0 | 2018-10-08 18:04 | 行事 | Trackback | Comments(14)
トラックバックURL : https://umiko0.exblog.jp/tb/27586980
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by yamame930 at 2018-10-08 19:32
こんばんは♬
いつも素敵な写真見せて頂きありがとうございます❗️
歩くって最初は辛いですよね〜
何か❓少しでも目標がなければ・・・

私は今日、5時間約7km山遊びしてきましたよ❗️
Commented by 井上雅行 at 2018-10-08 22:31 x
こんばんは
最近は歩かなくなりましたね〜。体育の日の今日は草ぼうぼうの庭の草刈り、ほんの1時間身体を動かしただけなのに足腰ガタガタです。明日の朝が怖いです。😅
Commented by umiko0 at 2018-10-08 22:47
yamame930さん

人生の目標がない私に歩く目標がみつかるでしょうか?

いつか見せてもらったあの花畑の山なら歩けるかもしれないなぁ
(ってぜいたくこいてばかりじゃなく まず歩けよって話ですが・・・)
そういえばyamameさんは歩いた後の温泉や美味しいものを食べるご褒美を用意されていますね
私の場合は歩かずにご褒美ばかりで・・・
Commented by umiko0 at 2018-10-08 22:54
井上雅行さん

我が家も庭は草ぼうぼう
時々茹でものをした熱湯を庭に撒いています
そこだけはしばらく草も刈れますが時間の問題
思えば昔 母の庭管理の凄さ こまめさに改めて驚いています
私は橋の下で拾われた子なんでしょう 全く母に似なかった・・・
Commented by 何処吹く風 at 2018-10-08 23:32 x
30km ですか!(7分間の絶句)
たぶん、前に書いたことがあったかと思いますが
大学生の頃、大分から高千穂まで生活道具をリヤカーに
載せて、友と4人で徒歩旅行をしたことがあります。
その計画を練る上で、一日の行程を30km~40km で
計算しました。何かの時に軍隊の強行軍は一日30kmと
父から聞いていたのが元だったんでしょうね。
この徒歩旅行、最初の計画は大分 - 熊本の九州横断でしたが
大分と宮崎の県境尾平越えのときに台風に遭い、そのときに
体力の限界に到った一人が感情の制御が難しくなって身勝手な
ことばかり言い出しました。それが原因で2対2の仲間割れまで
引き起こしたので、高千穂では野宿ではなく民宿に泊まって
ゆっくりと休んでスイカをごちそうになり、宿の子らと花火を
楽しんだら、一気に仲間内の険悪ムードは消えてなくなりました。
しかし、中断を決意したことで得られた安寧でもありました。

それよりも、田上菊舎!
30km じゃなく、30年を旅ですか。そして、最後に
「天地是我廬(てんちこれわがろ)」と教えられて
長府で静かな晩年を過ごす。おそらくそれは、
庵にいて旅する己に想いを巡らす暮らしではなく
何処にいても、旅の空と同じ仮住まい。
同じ所にいても、旅の暮らしができる境地に
達していたのでしょうね。弓という道具が
何の道具か、どうしても思い出せなかった
弓の名人のように。

雪の竹やちらす力はありながら

この句を詠んだのが、旅を始めた頃なのか、もう旅を終えようと
いていた時なのかわかりませんが、田上菊舎という人は
降りかかる雪をハネ除ける力を抱き続けた人だったと
思います。それを、いつも自覚していた。だから、
雪にたわむ竹になれない己と対峙しなければならなかった……

もう、2年あまり、旅も登山もしていない私ですが、
来年こそ、軽四キャンカーを完成させて旅に出たいと
強く思いました。
Commented by 福来路 at 2018-10-09 09:31 x
海子さん
既に部分的には田上菊捨になっていますよ
ここへ來るたびに思うこと
あちこち動き回るフットワーク
適度なジョークを交えた乱雑そうに見せかけた文才
されど全体の箒目は美しい
菊舎の句にこんなのが・・・
砂に露置く箒目も先ず清し
Commented by umiko0 at 2018-10-10 10:13
dokofukuさん

小学校まで片道4キロ 往復8キロを毎日通い
集団登校などもなく
子供だからその道順を帰りなどたどることなどまれで
山に入り、川に寄り・・・
川で傘を開き、さかさまにつけて小魚が取れるのが面白かったり (^^♪
遠い道のりの途中 その頃の車「三輪車」に荷台に子供を拾って乗せてくれる近所のおじさんが通りかからないかと待ったりと
思い出はいっぱいです。
その頃に歩きこんでいるから今の体が出来たかなと・・・

雪の竹やちらかす力ありながら

いい句ですね 知りませんでした

しらぎくや染めたがる世の中をぬけ  菊舎

あまり菊舎のの句 知りませんが 読んでみようかな
Commented by umiko0 at 2018-10-10 10:23
福来路さん

穴があっても入りきれない 恥ずかしさ・・

急ぎすることもない毎日で昔のことをやたら思い出すようになると やばいかな?(-_-;)
最近のことですが母の夢を重ねてみることがあり
目が覚めて何とも言えない気持ちでした。
一つの枕で一緒に寝ているんです

秋のせいでしょうか?

Commented by 紗羅 at 2018-10-10 22:15 x
海ちゃん、お母様はどんなに心配されたでしょう。
携帯電話も無い時代、何の連絡もなく一人娘が一晩中帰ってこない。
心配で心配で、眠れなかったことでしょう。
私が言うまでもなく、かなり········です。
お母様の夢をみられたそうですが、私はそんなとき母の写真に、お線香をあげ手をあわせます。我が家には仏壇は無いので写真にです。
私も、海ちゃんんほどではないけれど、やんちゃな子供でしたので、
母の夢を見ると、何か言いたいのかなあと、思います。
同じ枕で寝ている夢なんて、なんとも言えない気持ち、切なさに胸がいっぱいになります。

時々思うんです。本当に口寄せで母にあえるなら、恐山に行きたいって。
海ちゃんは、信じる派?
Commented by umiko0 at 2018-10-11 14:21
沙羅ちゃん

そうかぁ~ 普通はそうだよね
でもね、うちの母はどこ辺まで飛んだ?と探すくらいぶっ飛んでいて
それと言うのも 母の母(おばあちゃん)は母が小学校一年の時亡くなっているの
母が話してくれたおばあちゃんは竹下夢二の描く女性みたいだったって
おんな、三姉妹の年が離れて生まれた母
一番上のお姉さんとは18歳離れていて上二人のお姉さんは母親似
母だけ父親に似てお姉さんが母親代わりで
美しいお姉さんが自慢だったとか
お手伝いしてくれる人など周りは女だらけで
私の母は私に対しても母ではなくて姉妹のような接し方だったように思う
中学生の時から離れでひとりで どうしろこうしろは言われたこともなく
とてつもないような自由の中で孤独だったような気がするの

母は子供みたいなところと完璧ぽいところとで
不器用な娘は時にイラッっとしていたような・・・

それが母の年に近くなるにしたがって無性に恋しくなったり、寂しくなったり
父親っ子と皆から言われていたのにね (-_-)
Commented by 紗羅 at 2018-10-11 17:15 x
そうだったね、海ちゃんはお父さん子って言ってたね。
お父様に可愛がられて育ったのね。
でも、海ちゃんの感性はきっとお母様譲りね。
そんな気がするわ。


不思議なもので、歳をとるにしたがって、母親そっくりになって、
鏡のなかに母の顔を発見したときの驚きたらないわ。
海ちゃんは、似てきた?
Commented by umiko0 at 2018-10-11 19:57
沙羅ちゃん

性格は父のコピーか?というくらい
今日もあれば、明日もある・・みたいな
母は今は今しかない・・みたいな
特別に父に可愛がられたという記憶は???だけれど
怒られたことは一度もないかな(だからこうなったんだけどね)
怒られないということは自分に対して縛りになって、かえって無理に
父の顔に泥を塗ってはいけないと頑張って
最終的には頭から泥をかぶせていたけれど それでも怒られなかったな~

沙羅ちゃんはお母さまに似ているのね
ふんわりとした優しいお母さまだったんだね
Commented by 紗羅 at 2018-10-13 14:25 x
海ちゃん、母はふんわりとしてなかったし、優しくもなかったです。
私は母に似て、きついし厳しいです。
海ちゃんは、そんなふうに見てくれたの?
私、猫を被っていたのね。( ノ^ω^)ノ
父は、私が産まれた年に亡くなっているので、
母は苦労して私達姉妹を育ててくれました。
だからきつくなっても仕方なかったのですが、
苦労しなかった私がきついのはどうしたことでしょう?
海ちゃん、今度お目にかかる時には猫を被っていない私を見てね。
(^_^)
Commented by umiko0 at 2018-10-17 13:38
そう言うけどね沙羅ちゃん
あの柔らかい雰囲気を醸し出させる環境がこれまで、沙羅ちゃんにはあったという事実
お母さんもきっと 芯は太くてしっかりせざるを得なかったにせよ
きっと優しいこころのお母さんだったと思うよ~
それにご主人も沙羅ちゃんの雰囲気が柔らかくなる一つの原因かな? (^^♪
名前
URL
画像認証
削除用パスワード